「作る」と「売る」の真ん中で(食と健康学類 食品企画開発研究室 阿部茂教授)

 農食環境学群食と健康学類食品企画開発研究室(阿部茂教授)は、自治体や中小企業の地域資源を活かした商品開発を技術と市場の両面からサポート。最先端の加工技術である過熱水蒸気技術による食品の高付加価値化に取り組んでいる。阿部茂教授は 「地域のバックボーンとなっている産業・資源から新しい商品を開発するには、食品加工技術とマーケティングを含む社会科学的視点が必要。当研究室は、その真ん中で食品企画開発を実践しています」と語る。

食品企画開発研究室のゼミ生たちと

 「鮭節」は今や道内10工場で製造され、多くの道民が一度はその名前を耳にしているだろう。2007年、鮭節の開発に取り組んだのが、当時、北海道立総合研究機構食品加工研究センターに勤務していた阿部茂教授だった。その後、酪農学園大学に移籍し、食品企画開発研究室を率いる。
 鮭節に続く第2弾が「帆立節」だ。ホタテは道内で年間35~40万tが水揚げされ、貝柱は大半が中国やEU向けに輸出される。このため高級食材として価格が高騰、1㎏1万2,000~1万5,000円にもなっている。
 一方、貝柱以外のウロ、ヒモ、卵・精巣は、産業廃棄物となっている。その量はおおよそ7万t。それを茹で、減量して産廃処理しており、費用は1t3万円だという。
 阿部教授はそこに着目し、捨てる部分のうち卵・精巣から帆立節を作れば、貝柱より安く、価格的に優位に立てる、産廃処理費用の低減と同時に、サケとホタテは産地が近いので、鮭節の工場を利用すれば季節による稼働率の変動を平準化できる、と考えた。羅臼ののりとも朝倉商店と共同で鮭節開発に乗り出した。朝倉商店から試作品を持ち帰って分析。旨味成分の変化などのデータをフィードバックして技法を開発して行った。

 価格は1㎏5,000円。ホタテ貝柱の半分以下でできた。だが、味はホタテではなく、スケダチのすまし汁のような濃厚な旨味がある。調べると旨味成分が鰹節の3倍だった。食品メーカーと共同し、ラーメンスープやおでん汁への採用が検討されている。
 鰹節の市場は輸入品を含めて9万6,000~10万t。鮭節は最大年間30tの生産量にすぎず、道外への市場拡大は難しいが、帆立節は原材料となるホタテ残渣が数万tあり、産業化へのポテンシャルは十分ある。

鮭節


 北竜町は“ひまわりの里”としてしられ、インバウンド客の入込みは年間30万人という。ただ、特産品が少なく、経済効果が少ないという課題を抱えている。相談を受けた阿部教授は、“日持ちしないひまわり油”に着目した。
 大手メーカーが作っているひまわり油は精製した油で、サラダ油同様、味がない。だが、阿部教授は「実は油は美味しい」という。マグロの大トロ、カシューナッツやピスタチオの美味しさは、精製していない油脂の旨さだ。
 油糧用ひまわりの種子を焙煎するとヘーゼルナッツのような味になる。それを搾油して果実ソースのようにアイスクリームにかけて食べると、予想外の美味しさだという。搾ったあとの残渣はきな粉のような粉末になり、カシューナッツやピスタチオのような香ばしさがある。これをアイスクリームのトッピングとして食べることもできる。
 客の目の前で油を搾り、スプーン1杯程度をアイスクリームにかけて提供する。350円のアイスが400円で売れる。日持ちしないので、北竜町でしか食べられない。
 「油を作るだけでは地域は活性化しません。ブレークスルー・ポイントは『生の油は北竜町でしか味わえない』ことです」
 今年の北竜町ひまわりまつりでは、生のひまわり油をかけたアイスクリームを味わえるかもしれない。

サポートした商品群


 2015年にスタートした酪農学園大学オリジナルワインプロジェクト(ROWP)にも同研究所が関わっている。阿部教授は「北海道はワイン主産地になる可能性があり、小規模ワイナリーが増えていますが、困ったときの“駆け込み寺”がありません。本学がその役割を担えれば、と始まったのがROWPです」と語る。学内にブドウ圃場を整備し、16年に酪農学園大学ワイン・辛口ロゼを発売。砂川の高橋農園にゼミ生を派遣し、ブドウ栽培や醸造技術の向上を図っている。

酪農学園大学オリジナルワイン


 過熱水蒸気技術は、阿部教授が食加研時代から研究してきた食品加熱技術だ。
 100℃以上に過熱した水蒸気は、100℃以下の対象物に当たるとその表面に水滴を作る。その凝縮熱により対象物は強烈に加熱される。ここまでは“蒸す”のと同じ湿熱加熱だ。さらに過熱水蒸気を当てると凝縮した水が沸騰し表面が乾く。その後は過熱水蒸気が対象物表面を直接加熱する。これを乾熱加熱という。湿熱加熱と乾熱加熱の両方できるのが過熱水蒸気技術。阿部教授は2002年から研究を続けている第一人者だ。
 阿部教授によると、北海道では過熱水蒸気技術を使った食品の年間出荷額はここ数年で約1,000億円に伸びたという。その半分がボイルホタテをはじめとした農水産加工、あとの半分はコンビニベンダーだ。
 過熱水蒸気技術の大きな特徴は、ドリップがほとんどなく、旨味が逃げないこと。ホタテ産地では、加工業者が次々と過熱水蒸気技術を導入。コンビニエンスストアの弁当・惣菜を作る工場では多くが過熱水蒸気ラインを導入している。このほか、全国の食品加工機械メーカーなどから共同研究の申し込みがあるという。
 同研究室では、さらにコンビニに設置できる小型過熱水蒸気機器の考案、パンの焼成、調理済み冷凍天ぷらのリベイクなどを研究している。

過熱水蒸気によるパンの焼成

(月刊ISM 2020年4月号掲載)