生活習慣病克服を目指す(獣医学類 獣医生理学ユニット 北村浩教授・林英明准教授)

 獣医学類獣医生理学ユニット(北村浩教授・林英明准教授)の研究テーマは、生活習慣病、中でもエネルギー代謝に関わる分子USP2の研究と、飼育下にある動物の生理学的ストレス評価手法の2つ。北村浩教授は、2型糖尿病における免疫細胞の働きを調べるうちにUSP2のエネルギー代謝を調節していることを発見。林准教授は、ストレスホルモンであるコルチゾールを指標としてストレス評価手法を研究している。

 生活習慣病は人間だけの病気でない。北海道の犬は屋内で飼われることが多く、「太っていない犬はまず病院に来ない」と言われるほど。特に生活習慣が要因となる2型糖尿病は、人間にとっても小動物にとっても他の様々な病気の基礎病となり、血管や筋肉などの組織を傷める。
 北村教授は名古屋市立大学に在籍中、マクロファージのUSP2が糖尿病を抑えることを発見し、それ以降、理化学研究所、酪農学園大学と研究場所を移しながら臓器におけるUSP2とエネルギー代謝との関りに焦点を当てて研究を続けてきた。USPとは、Ubiquitin Specific Proteaseの略で、さまざまなタンパク質の機能修飾において重要な役割を果たしている。北村教授が注目するUSP2は、80種類以上あるUSPファミリーの2番目の分子。癌細胞のタンパク質分解に関係があると言われていたが、北村教授はそのエネルギー代謝調節機能に着目し、さまざまな臓器におけるUSP2の働きについて調べている。

 マクロファージは外敵を攻撃する免疫細胞だが、最近、身体を一定の状態に保つためのメンテナンスを担っていることがわかってきた。肥満になると、脂肪細胞に悪いタイプのマクロファージが貯まり、2型糖尿病の原因となる分子を分泌する。それを調節しているのがUSP2だ。したがって、USP2がたくさん出ていると、太っていても糖尿病になりにくい。
 USP研究では細胞を使った手法が多いが、北村教授は、高次機能との関係を調べるため、特定の臓器でUSP2が働かないようにしたノックアウトマウスを用いる。対象となる臓器は、骨格筋、肝臓、脳など。
 「USP2は様々な臓器でいろいろな働きをしていますが、共通しているのはエネルギー代謝を調節し、肥満を防いでいることです」
 目指すゴールは、生活習慣病を克服する研究成果を上げること。糖尿病患者のUSP2を活性化する薬の開発や、道産食材の中にそうした効果を持つものを発見できれば、病気の克服に貢献できる。
 「北海道は食の宝庫なので、その中からUSP2活性化に寄与する食材を発見できれば面白い」

 林英明准教授は、血中ホルモンのうち、ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールを指標として、飼育下にある動物の生理学的ストレス評価の手法を研究している。
 家畜を飼育する上で、過度なストレス負荷は、家畜の心身の健康や成長、生産性に影響を及ぼす。飼育下にある動物のストレス評価は、動物行動学的手法と生理学的手法の2つがある。行動学的手法は動物を観察し、その行動を分析することでストレスの状態を評価するが、人間の目による評価なので、主観的評価になりがちだ。これに対し、血中コルチゾールは客観的な評価手法として、行動学的評価の裏付けとなり得る。ただ、採血が必要になるため、飼育現場では活用しづらいという側面がある。
 そこで林准教授は、血中コルチゾールが唾液・糞便・尿・乳汁・被毛などに移行することから、より簡便な採取方法によってストレスを評価する手法を採用した。
 「血中コルチゾールは採血した瞬間のストレスを評価できますが、被毛の場合、1~2ヵ月の期間の慢性的なストレス評価に対応できます。同様に、唾液は数分、尿は数時間、糞便は数日の期間のストレス評価に対応しており、これらを組み合わせることで、複合的な評価ができます」
 同大循環農学類の森田茂教授(ライフサイエンス動物生産科学)とともに、動物行動学と動物生理学の両面からストレス評価手法の確立を目指す。
 対象が家畜の場合、ストレス評価は生産動物としての動物福祉(アニマルウェルフェア)の向上、引いては予防医療にもつながる。健康的な飼い方を目指す上で、ストレス評価は重要な指標となる。また、獣医学分野では、手術時や予後のストレス軽減にも応用できる。

 動物園動物では、昨年、札幌の円山動物園にやってきた4頭のアジアゾウの糞便を毎日採取してストレス評価を行っている。数値が上がったとき、その要因を探り、ゾウがどういうことをストレスに感じるかを検証する。それを飼育の向上につなげようという試みだ。円山動物園ではゾウの飼育施設に監視カメラを10台以上設置して記録しており、飼育日誌や映像を解析して行動学的アプローチを行い、生理学的ストレス評価のデータと照らし合わせることでストレス要因を究明しようとしている。
 今後の課題としては、ストレスを下げるだけでなく、動物の満足度や幸福度の評価手法がある。アニマルウェルフェアの向上につながると考えられるからだ。有力な指標として“幸福ホルモン”と呼ばれるオキシトシンがある。
 「ヒトの場合でも、恋人同士が抱擁するだけでオキシトシンの数値が上がります。幸福度を評価するマーカーになり得ると考えられていますが、血中オキシトシンは、動きが速く、感情の起伏により瞬間的に数値が上下するので正確に評価するのが難しい。しかし乳汁に移行するオキシトシンを測定すれば、瞬間ではなく、半日くらいの期間に血中に放出されたオキシトシンを評価できると考えています」
 林准教授は、一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会(代表理事・瀬尾哲也帯広畜産大学准教授)の会員でもあり、年2回のセミナーを酪農学園大学で開催するなど、アニマルウェルフェア認証制度の普及に尽力している。

(月刊ISM 2020年7月号掲載)