乳製品製造に生きる乳酸菌(食と健康学類 乳製品製造学研究室 竹田保之教授・栃原孝志講師)

 食と健康学類乳製品製造学研究室(竹田保之教授、栃原孝志講師) の主な研究対象は乳酸菌だ。同じ乳酸菌、同じチーズでも、作る工房・工場によって味が違う。熟成期間中の乳酸菌の変化を調べ、味とチーズの関係を解明しようとしている。竹田保之教授は、チーズの旨味やコクを引き出す乳酸菌の発見を目指す。栃原講師は、ある種のビフィズス菌を使った発酵バターを研究。身体に良い脂肪酸が多い発酵バターの製造を目指している。

竹田保之教授(左)と栃原孝志講師

 チーズづくりに使う乳酸菌をスターターと呼ぶ。通常は数種類の乳酸菌を混合して用いるが、同じスターター、同じ種類のチーズでも工房や工場によって味が違うことがある。特に熟成期間の長いチーズの場合、熟成期間中に乳酸菌が変化し、それがそのチーズを特徴づけていると考えられる。同研究室では、それらの変化を調べる。これと並行して、味に関係する乳酸菌を発見できれば、ひと味風味の違うチーズ製造に役立つと考えられることから、酪農学園大学で生産される牛乳から旨味をつくる乳酸菌を探索し、チーズづくりに使えそうな乳酸菌の発見に努めている。

 竹田教授は、
 「旨味をつくる乳酸菌の候補を見つけ、実際に使えそうな乳酸菌の順位付けをしている段階です。次に発見した乳酸菌を入れてチーズを作ってみる。それにより旨味やコクが出て、美味しいチーズができれば、将来は『酪農学園大学の農場で発見された乳酸菌を使って作ったチーズ』として販売したい」
 と語る。竹田教授が取り組んでいるもう一つの研究テーマは、チーズづくりの過程で発生するホエーの利用法だ。大手乳業メーカーではホエーを粉末にして販売し、スポーツ・ドリンクや、豚など家畜の餌として利用されている。だが、小規模なチーズ工房で発生するホエーは加工利用するほどの量ではなく、一方で、廃液処理をしなければならないため、工房の負担となっている。竹田教授は、発生したホエーをそのまま利用する方法を研究。現在取り組んでいるのは、醤油だ。醤油製造キットで水の代わりにホエーを使い、どんな醤油ができるか、試行錯誤を続けている。
 「半年前に仕込んだところ、ちゃんと醤油ができました。これから既存の醤油との比較、分析に取り組みます」

 栃原講師の メインテーマは発酵バター。日本ではマイナーだが、欧米では伝統的に発酵させたクリームから作る発酵バターが主流だ。発酵バターに特殊なビフィズス菌を加えて作ると、トランス脂肪酸が少なく、身体に良い脂肪酸が多い発酵バターになることがわかった。
 「ビフィズス菌を使った発酵バターは、健康法、健康食品を提供できるアイテムになると思います」
 もう一つの研究テーマは、牛乳に含まれるメラトニンだ。メラトニンは脳の松果体から分泌されるホルモンで、体内時計に働きかけ、自然な眠りを誘う作用があるとされる。牛乳に含まれるメラトニンは、搾乳のタイミングにより増減する。メラトニンを多く含むタイミングで搾乳した牛乳を飲めば、睡眠障害の改善に役立つ可能性がある。牛乳中のメラトニン量を測定する方法や、加熱殺菌時および保存中の減衰の割合、メラトニンが減りにくい殺菌・保存方法などを研究している。
 「牛乳によりメラトニンが体内に取り込まれ、いい眠りに就くことができるということがわかれば、将来は、臨床研究を経て、メラトニンを多く含んだ牛乳を実用化したいと考えています」
 さらに栃原講師は北大と共同で、牛乳に含まれるカゼインミセルの研究を進めている。カゼインミセルはタンパク質の非常に小さな粒子で、電子顕微鏡でもその構造は解明できていない。北大にはコンクリートや金属の微細構造を可視化する機器が導入されており、それを食品に応用できないか、という提案から共同研究が始まった。
 チーズを作る際、搾乳した生乳を殺菌するが、飲用乳と比べて殺菌温度は低く抑えられている。高温で殺菌すると、チーズが固まらなくなるからだ。その分、菌が生き残り、品質に影響するリスクがある。
 「殺菌温度を上げるとチーズができなくなるのは、カゼインミセルの変性が原因、という仮説があります。そのメカニズムを解明し、殺菌温度を出来るだけ高くして品質劣化のリスクを減らすのが研究の目的です。加熱したときや熟成中のカゼインミセルの変性を可視化できれば、カゼインミセルの構造や高温殺菌でチーズが固まらないメカニズム、旨味成分ができる過程が明らかになるのではないかと期待しています」

 乳製品製造学研究室では、同大学の乳製品製造設備を管理しており、学生の実習や学内で販売する製品の製造、外部企業の試作品製造などに利用されている。ゼミ生は3年生・4年生合わせて28人。卒業生は乳業メーカー、食品会社、農協などの製造部門や品質管理部門に就職するケースが多く、研究部門に進む院生もいる。竹田教授は、
 「北海道には多様な食材があり、食品製造を学ぶには絶好の環境です。卒業生には食品業界でしっかり活躍してほしいと思っています」
 と語っている。

「道産ワインの夕べ」出展ブース

乳製品工場製造製品




ナチュラルチーズ製造セミナー



(月刊ISM 2020年11月号掲載)