生産動物の繁殖を支える(獣医学類 動物生殖学ユニット 中田健教授・杉浦智親助教)

 動物生殖学ユニット(中田健教授・杉浦智親助教)では、牛群・牛個体ごとの生産効率および受胎成績を向上させる取り組みを行っている。繁殖の問題を、個体から群、さらに日本全体で解明し、改善するための研究と教育に取り組む。中田教授は国が進めている全国版畜産クラウドのデータを活用し、農場の評価基準を構築。杉浦助教は発情期に起こる子宮内膜の変化を調べている。

 生産動物は「経済動物」とも呼ばれ、酪農や畜産などの産業の経営を支える動物だ。効率的かつ継続的に子を得ること、すなわち計画的に繁殖を行うことが生産動物の価値を高め、産業を支えることになる。生産動物生殖学ユニットでは、繁殖の問題を個体から群、さらに国全体で解明・改善する研究・教育に取り組んでいる。
 中田教授は、全国版畜産クラウドに一元化された乳牛の情報の活用を目指している。牛は生まれるとすぐに10ケタの個体識別番号を記した耳標を付けられる。牛トレーサビリティ法に基づくもので、出生・異動・死亡・と畜などの情報は耳標番号により管理されている。酪農・畜産関連の団体では、この番号に、移動履歴のほか乳量・乳成分、人工授精、疾病履歴、血統情報などのデータを紐づけ、生産農家への助言などに活用してきた。
 ただ、これらの情報は各団体ごとにフォーマットが異なったり、紙媒体で保有されている情報もあって、データの連動や比較による経営分析などが難しかった。全国版畜産クラウドは各団体が所有している牛個体・牛群のデータを一元化してデータベースを構築し、各情報の一括入手を可能にするもので、さまざまなデータの比較検討により経営分析や農家単位・牛単位での生産性の向上に寄与することを目的としている。2018年から運用を開始し、機能や参加農家・団体の拡充を図っている。これにより生産農家は自分の農場が全国や地域の中でどこに位置づけられるのか、客観的な評価を自覚し、改善することができる。
 中田教授は農場の標準的な評価方法や、それをわかりやすく伝えるためにビジュアル化する方法を研究し、生産者が自ら、あるいは獣医師や普及員などの支援者が的確なアドバイスできるようにすることを目指している。
 「データを活用することによって自分の農場の状態がわかるようになります。標準的な指標を作り、チェックポイントを用意しておいて、数値が悪いときにそれをチェックすることで問題点を把握し、そこを改善すればどれくらい数値が上がるかがわかるようになる。耳標番号を付けるときに耳にパンチャーで穴をあけますが、そのときの組織片からゲノム解析を行って、その牛がどういう能力を持っているかを評価するシステムが海外ではすでに出来上がっています。身体の大きさや乳量・乳質については世界共通でわかりますが、疾病の起こり方などは特に季節性の激しい日本では、独自の参照基準が必要になります。日本にはまだそれがほとんどできていません。データを一元化することで、評価基準を作り、飼い方の違いなども含めて、良い農場、良い牛、良い経営状況であることが農場間・地域間で比較できるようにしたいと思っています」(中田教授)
 杉浦助教は発情期の牛の子宮内膜の変化を研究している。受胎・妊娠に備えた子宮内膜の変化を呼び起こす因子を調べることで、より妊娠しやすくするための方法が解ってくるからだ。
 発情期になると子宮内膜の厚さが増す。卵胞ホルモンであるエストロジェン濃度が上がり、血管透過性亢進因子がエストロジェンに誘因されると考えられる。その一つがVEGF(血管内細胞上皮成長因子)と呼ばれるタンパク質。例えば切り傷が自然治癒するとき、傷口に多くの血管ができ治癒物質を傷口に集める。この血管を作る因子となるのがVEGFである。こうした発情期の子宮の変化が後の受胎・妊娠に関わってくる。
 乳用牛の妊娠期間は280日。分娩後、一定期間を過ぎて身体が回復し、次の妊娠に向かう。85日前後で次の妊娠ができれば1年1産が達成できるが、妊娠までの期間が長くなれば生産効率が下がり、さらに妊娠できなくなれば廃用ということになる。発情期の子宮に変化をもたらす因子を調べ、そのメカニズムを解明することで、繁殖効率の改善につなげる。
 「そうした研究と並行して、人間でいうと産婦人科不妊外来のような仕事もしています。妊娠できない牛を受胎させるために検査をしたりホルモン治療を試みたりしています」(杉浦助教)
 乳用牛は、妊娠・分娩を繰り返すことにより生産動物としての価値を生む。その基盤になるのは、牛の健康だ。健康な飼い方の先に繁殖があり、それが農場の経営安定につながる。中田教授は飼育環境など身体の外側から、杉浦助教は身体の内側から、牛の健康と繁殖に取り組んでいる。
 
 同ユニットのゼミ生は1学年5~6人。4年生後期から6年生前期まで合わせて17~18人が参加する。診療活動がベースにあり、当番制で病院の診療や健診に当たる。研究室での研究活動はその合間に行い、杉浦助教が行っている繁殖定期健診に同行して研究材料を収集する。卒業後は大半が生産動物に関係する職業に就く。農業共済の獣医師になる人が約半数。ほかに家畜保健衛生所や食肉衛生検査所などの公務員獣医師となる学生が多い。

フリーストール牛舎での直腸検査

超音波検査



(月刊ISM 2021年3月号掲載)