耐性菌問題をワンヘルスで(獣医学類 食品衛生学ユニット 臼井優准教授・福田昭講師)

 食品衛生学ユニット (臼井優准教授・福田昭助教)では、動物由来の薬剤耐性菌が食品や環境、伴侶動物などを介してヒトの健康に影響を与える可能性があることから、モニタリングによりその実態を解明し、抗菌性物質に替わる具体的な対策を研究。主に食中毒菌の薬剤耐性菌について、ヒト・動物・環境を「一つの健康」と考えるワンヘルス・アプローチの概念に基づき、実態解明を進めている。

(左から)臼井優准教授・田村豊前教授・福田昭助教

 ヒトや動物の病気の原因となる病原菌(細菌)と、それを退治する抗菌薬(抗菌性物質、抗生物質)。ペニシリンの発見に始まる抗生物質と細菌の闘いは、特定の抗生物質に耐性を持つ薬剤耐性菌の登場、それを退治する新しい抗生物質の発見、その抗生物質に耐性を持つ薬剤耐性菌の登場――を繰り返す、まさにイタチごっこ。複数の抗菌薬に対する耐性を獲得した多剤耐性菌も生まれている。薬剤耐性菌の蔓延は、感染症に有効な抗菌薬の選択肢を狭め、治療に支障を来しかねない。

 食品衛生学ユニットでは、動物由来の耐性菌に着目。食品や伴侶動物、環境を介して動物由来耐性菌がヒトに感染する可能性があることから、その実態を解明し、具体的な対策を確立することを目指して研究を進めている。例えば多くの家畜動物が保菌しているカンピロバクターという細菌は、ヒトに感染すると食中毒を引き起こす。仮にヒトに感染したカンピロバクターが薬剤耐性を獲得していると、特定の抗菌薬を投与しても効果が得られなくなる可能性があり、治療の選択肢が狭くなってしまう。
 一般に、薬剤耐性菌は抗菌薬の多用により生まれる。したがって、安易な抗菌薬の乱用を控えることが薬剤耐性菌を減らすことにつながる。臼井優准教授は、
 「薬剤耐性菌対策は重要な課題です。ヒトの医療においても獣医療においても、抗菌薬の使用量・使用機会を極力減らそうという機運は高まっています。しかし、ヒト医療と獣医療に共通して使われる抗菌薬もあり、家畜動物が保有する耐性菌が食品や環境、伴侶動物を介してヒトに感染した場合に備えておく必要があります」
 と語る。
 臼井准教授・福田助教の研究グループは、2020年2月、ヒトの健康に影響を与える可能性のある薬剤耐性菌・薬剤耐性遺伝子が家畜の糞尿を原料とした堆肥中に含まれることを明らかにした。
 同グループは家畜糞便に含まれる薬剤耐性菌・薬剤耐性遺伝子の動態を調べており、これまでに実験室内のシミュレーション実験により、堆肥化の過程で耐性菌・耐性菌遺伝子の量が減少することを突き止めていた。しかし、国内の農場から堆肥を11サンプル収集し、薬剤耐性菌・薬剤耐性遺伝子の保有状況を調べたところ、6サンプルから薬剤耐性菌が、すべてのサンプルから薬剤耐性遺伝子が検出された。
 また、同年3月には、抗菌薬関連下痢症の原因とされるクロストリディオイデス・ディフィシルという細菌が、国内の市販食品に約3%分布していることを明らかにした。
 抗菌薬を服用すると副作用として下痢や軟便を伴うことがあり、これを抗菌薬関連下痢症という。抗菌薬の投与により腸内フローラが乱れると、多くの抗菌薬に耐性を持つディフィシル菌が増殖し、毒素を産生することが原因と考えられている。日本ではあまり問題視されて来なかったが、海外では重篤化し命を落とすことも多いため、アメリカ疾病管理予防センター(CDD)は緊急に対応が必要な細菌感染症に指定、日本でも注目が集まりつつある。


 臼井准教授のグループは、国内14のスーパーマーケットから国内野菜242サンプル、国産肉468サンプルを購入し調べたところ、野菜8サンプル、鶏肉6サンプル、鳥の肝臓1サンプル、豚肉1サンプル、牛肉2サンプルからディフィシル菌が分離された。分離された細菌の中には、ヒトの臨床現場で比較的よく分離されるものと類似した菌も認められ、ヒトでの細菌感染症との関連が示された。また、同グループはこれまでに牛、豚、犬におけるディフィシル菌の分布状況を明らかにしており、今回、食品における分布が明らかになったことから、動物からヒトへの食品を介した伝播の可能性が示された。
 同年6月には、タイでの疫学調査により、セファロスポリンとコリスチンの2つの抗菌薬に耐性を示す多剤耐性大腸菌がニワトリや豚に存在することを明らかにした。タイの9農場からニワトリと豚の糞便を45サンプル採材し、大腸菌を分離。ニワトリ糞便の60%、豚糞便の90%からセファロスポリン耐性大腸菌が分離され、関連する遺伝子が検出された。一部はコリスチン耐性に関する遺伝子を同時に保有する多剤耐性菌だった。
 同グループはこれまで、タイの同一地点で採材した水(河川水、家畜排水、処理排水)、ハエなどの環境サンプルでの様々 な種類の薬剤耐性菌・耐性遺伝子の分布状況を明らかにしており、今回、家畜における薬剤耐性菌・耐性遺伝子の分布状況が解明され、環境サンプルから分離された細菌と似たような性状を示す傾向があることを確認。家畜・農場から環境への拡散の可能性を示した。
 このように、家畜由来の薬剤耐性菌が食品や環境、伴侶動物を介してヒトに伝播する可能性があることは、ヒトと動物、環境を包括的に把握して対応するワンヘルス・アプローチの必要性を示している。現在、ヒト医療分野では院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)、獣医療分野では動物由来薬剤耐性菌モニタリング(JVARM)が行われているが、食品衛生学ユニットでは、JVARMが扱わない食品や伴侶動物、環境に由来する薬剤耐性菌の実態解明と具体的な対策の確立を目指している。
 同ユニットのゼミ生は6年生が6人、5年生が4人の計10人。卒業生は獣医師として公務員、動物病院、創薬メーカーなどに就職している。

(月刊ISM 2021年5月号掲載)