新規性高い品種を開発(循環農学類 園芸学研究室 森志郎准教授)

 農食環境学群循環農学類園芸学研究室(森志郎准教授)では、主に花き園芸植物を対象に新規性の高い品種の開発や収益性の高い栽培技術の確立に取り組んでいる。2020年11月16日、絶滅危惧種のミチノクヒメユリとの交配により生まれた12の新品種を英国王立園芸協会に登録。需要の多いリモニウムでは、通常の二倍体ではなく、四倍体を作ることにより、環境ストレスに強い品種の開発に取り組んでいる。

 同研究室が現在、新品種の作出に取り組んでいるのは、ユリとリモニウム(別名スターチス)だ。森准教授は、
 「大学ですので、普通の育種ではなく、環境保全や農業生産の現場に目を向け、ドラスティックに(劇的に)変えることを目指して学術的にトライしています」
 と語る。
 日本は“ユリの宝庫”と呼ばれるほど観賞価値の高い野生のユリが自生している。だが、自生する15種類のうち、ヒメユリなどが環境省の絶滅危惧種に指定されている。
 同研究室では、そのうち分球という特性を持つミチノクヒメユリに着目。ミチノクヒメユリを花粉親、トサヒメユリ、スゲユリ、モナ、ファタモルガナを種子親として交配した。通常、ユリの球根は1つだが、ミチノクヒメユリでは、新球が複数形成され、それらが肥大して分球する。1つの球根から4~5個の球根ができ、分球した球根のそれぞれから花茎が伸びる。ミチノクヒメユリのこうした特性を持つ分球性品種を目指した。
 2014年6月に交配を実施。交配に当たっては、花柱切断受粉法と胚珠培養法を用いた。同じ“ユリ”であっても、種類の異なる種同士は、極めて稀にしか受精しないが、開花日に花柱の大半を除去し、切断面に花粉親の花粉を受粉すると、受精の確率が高まる。これを花柱切断受粉法という。
 受精した卵細胞は発生を始め、胚珠の中で発達する。肥大した子房を受粉後40日で採取、滅菌し、約2㎜厚に輪切りにした胚座付きの胚珠を発芽培地が入った試験管に入れて培養する。2カ月後、胚珠を胚座から切り離し、培地が入ったシャーレに置き、25℃、12時間日長下で培養した。これを胚珠培養法(無菌培養・組織培養)という。
 植物の細胞は、分化全能性と言って、たった1個の細胞から植物全体を作り出す能力を備えている。無菌環境と栄養、的確な植物ホルモン、適度な温度と光を与えることでその能力を引き出すのが胚珠培養法だ。
 シャーレ内で根を出した種は直径9㎝のポットに移植し、ガラス室で栽培。2015年に鉢に移植し、春から秋には無加温のガラス室で、冬は露地の積雪下においた。2017年夏に優良な12個体を選抜し、形質を調査。2020年11月16日に英国王立園芸協会に品種登録された。

ミチノクヒメユリ

モナ


ミチノクヒメユリとモナを交配した「喜雨」




 「10年前にミチノクヒメユリの球根を入手するところから始めました。絶滅危惧種で、すでに自生地はなくなったとも言われています。そこでミチノクヒメユリを“村の花”に指定し保護している山形県鮭川村に行き、球根を分けてもらいました」
 ユリは種を蒔いてから花が咲くまで3年かかる。花が咲いたら育種目標に合った個体を選別する。地道な作業の繰り返しだ。
 同研究室では、酪農学園大学と連携協定を結ぶ札幌の百合が原公園のユリ展に協力。ミチノクヒメユリなど野生のユリが絶滅の危機に瀕していることを広く知ってもらうために新品種を活用している。
 リモニウムは日本の切り花出荷量の第6位、北海道では産出額の第1位を占める重要な品種。主に仏花としての需要が多く、7月・8月のお盆、9月のお彼岸に出荷が増える。夏の暑さに弱いため、夏~秋の需要に応え得る北海道での栽培が盛んになった。小さな白い花弁と鮮やかな紫色のがくを持ち、鑑賞対象はがくの方。花弁は散ったり萎れたりしやすいが、がくは花弁より萎れにくいため、鑑賞期間が長く、仏前・墓前に供えるのに適した品種と言える。
 ところが、気候変動により夏場の高温が頻繁に起こるようになり、生産現場では重要な課題の一つとなっている。同研究室では、北海道で栽培されている品種リモニウム・シヌアータを対象に、環境ストレスに強い品種を開発するという育種目標を立てた。
 通常、生物の身体は、生殖細胞の2倍の染色体を持つ二倍体の体細胞で構成されている。ある種の薬品を用いると、その2倍の遺伝子を持つ四倍体を作り出すことができる。四倍体の植物は花や葉が大きくなることが知られており、チューリップなどではすでに四倍体の品種が流通している。

リモニウム四倍体


 同研究室では、リモニウムの四倍体を二倍体と比較して環境ストレスに強いかどうかを確認しようと取り組んでいる。シヌアータの四倍体実験は世界初の試みだ。同大学の作物生産ステーションのガラス室では、二倍体と四倍体のリモニウムが並んで紫色の花(がく)を咲かせている。森准教授は、
 「ただ、四倍体リモニウムは、花の付き方、あるいは茎や葉がごつごつしており、観賞価値は今一つ。生育が遅く、なかなか花が咲きません。これは生産性に影響します。これらの点を改良する必要があります。また、環境ストレスに強いかどうかの調査もこれからです」
 と語っている。

(月刊ISM 2021年8月号掲載)