ハリオアマツバメの渡りルートを解明(環境共生学類 環境動物学研究室 森さやか准教授)

 農食環境学群環境共生学類環境動物学研究室(森さやか准教授)では、主に鳥類を対象に野生動物の生態と保全に関わる研究に取り組んでいる。森准教授らの研究グループは、先ごろ、ハリオアマツバメという渡り鳥が繁殖地である北海道・十勝から越冬地であるオーストラリア東部に到る渡りルートを解明した。森准教授は「保全に役立つようなテーマに特に力を入れている」と語る。

森さやか准教授


 森さやか准教授は、学生時代は、アカゲラの生態を研究していた。モモンガやコウモリ、小鳥など森林にはアカゲラをはじめとするキツツキの巣穴やそれが腐ってできるウロ(樹洞)を再利用する動物が多い。そうした樹洞に営巣する鳥類の一つがハリオアマツバメだ。
 東大博士課程を修了後、日本野鳥の会や国立科学博物館での勤務を経て、酪農学園大学に赴任した2014年、他の研究者と共同で本格的なハリオアマツバメ研究に着手した。
 そのころ、重量が1g未満のジオロケーターという小型の記録装置が普及し、一般的に使えるようになっていた。ジオロケーターは、光センサーと時計が搭載されており、その記録から日出と日没の時刻を算出。そこから緯度・経度を割り出し、渡りの経路を推定する。
 ハリオアマツバメは5月ころ北海道に現れ、9月ころまで子育てをして10月にはいなくなることがわかっていた。一方、12月ころから3月ころまではニューギニア南部やオーストラリア東岸に生息している。北海道・十勝で繁殖した個体が越冬のためオーストラリア方面に渡り、翌年、再び十勝に戻って来ると想定され、その確認と渡りルートの解明に取り組むこととした。十勝でハリオアマツバメを捕獲し、ジオロケーターを装着して放鳥。翌年、十勝に戻ってきたところを再捕獲してジオロケーターを回収し、データを解析する計画だった。

ハリオアマツバメの飛翔ペア(撮影/和賀大地)


 「小さく、高速で長い距離を飛ぶ鳥なので、ちょっとでも重たいものを取り付けると生死に関わる可能性があり、慎重に取り付けました。最初の3年間は1つも回収できませんでした。足環を付けていなかったので、脱落したのか、再捕獲できなかったのかもわからない。足環は0.1g程度のものですが、それですら影響がないとは言えないので最初は付けなかったんです」
 2年目から足環を取り付け、4年目からはハーネスを工夫するなど改良を重ね、ようやくジオロケーターを回収できたのは、研究を初めて5年目だった。前年に取り付けた5個のジオロケーターのうち4個を回収し、十分なデータを得られた3個のルートを解析した。
 十勝を飛び立ったハリオアマツバメは、一旦、太平洋を大きく南下し、そこから再び北上して朝鮮半島から中国大陸を南下。台湾とフィリピンの間のルソン海峡付近から再び太平洋に出て南下し、オーストラリア東岸に到達していた。3月下旬に越冬地を発ち、オーストラリア内陸部を北西に移動。スンダ列島やボルネオ島を通過して南シナ海の洋上に出て、北東に進路を変え、南西諸島から本州沿いに北上し、北海道に戻ってきていた。総移動距離は地球1周分に相当する約4万㎞。東アジアからオセアニアにかけて大きく8の字を描くような渡りルートは、非常に特殊だという。

世界で初めて解明されたハリオアマツバメの渡りルートの一例
北海道で繁殖した個体がオーストラリア東部で冬をすごしていることが明らかになった。春と秋の渡りルートは、東アジア・オセアニアに大きく「8の字」を描く。


 今年はさらに改良を重ね、気圧高度計などを搭載した新型ジオロケーターを装着した。高さのデータを加え、3次元でルート解明が可能になる。
 一方、繁殖地・十勝における基礎生態調査も進めている。
 ハリオアマツバメは、アマツバメ目に属し、スズメ目のツバメとは別系統。尾羽の羽軸が飛び出ているためこの名が付いた。体長は約20㎝、翼を広げると50㎝ほど。高速で飛び、水平飛行速度は鳥類トップクラス。餌は飛翔する虫で、空中で捕らえる。わかっているのはこれくらいで、謎の多い鳥だ。
 オーストラリアの研究者の報告によると、越冬数が過去70年間で80%減少しているという。原因は未解明だが、越冬地の環境は大きく変化していないことから、繁殖地もしくは渡り経路に減少要因があるのではないかと疑われた。
 同研究室では、ハリオアマツバメが好む大きな巣箱を研究エリアに設置した。世界で初めての試みだ。35~40cm角で深さ1m以上の大きな巣箱に直径18㎝の穴を開け、地上2.5mの位置に10個設置したところ、すべての巣箱にハリオアマツバメが営巣した。
 「すべての巣箱が利用されることは普通、あり得ません。ハリオアマツバメにとって好適な自然の樹洞が非常に少なくなっていると考えられます」
 また、巣箱の設置後、調査エリアで観察される個体数が明らかに増えているという。
 巣箱には、カメラを設置し、5分毎に撮影。より詳細な観察が可能になった。樹洞や巣箱の中で育った幼鳥は、巣立つころにはほとんど成鳥と見分けがつかないほどの大きさになり、巣立ってすぐに渡っていく。大きな樹洞を必要とするのは巣の中で盛んに飛行訓練をするためだろう。成鳥は大半を空中で過ごし、巣に戻るのは1日に多くて10回前後。行動範囲がかなり広く、日常的に遠出をしている。
 目下の課題は、近年、十勝地方で個体数がネズミ算式に増加しているアライグマ対策だ。2018年に観察対象のハリオアマツバメが捕食される被害が発生した。罠を設置して駆除に務め、以来、被害は出ていないが、アライグマが増え続ければ守り切れなくなる恐れがある。
 「在来の捕食者に襲われるのは仕方がありませんが、人の手を加えて巣箱に入ったものを外来種に捕食されるのは、たとえ1個体であろうと許されないと思っています」
 電気柵の設置や巣箱の形状を工夫することも検討中だ。こうした研究が今後の減少要因の特定や保全方法の確立につながることが期待される。
 このほか同研究室では、環境省保護増殖事業の一環として、沖縄島北部やんばるのみに生息する固有種ノグチゲラ(絶滅危惧ⅠA類)、奄美大島のみで繁殖する固有亜種オオトラツグミ(絶滅危惧Ⅱ類)の保全遺伝学的研究や道央圏に進出したタンチョウの生態調査、シマフクロウの音声解析による個体識別などに取り組んでいる。

(月刊ISM 2021年12月号掲載)