環境中の化学物質を調べる(環境共生学類 水質化学研究室 中谷暢丈教授)

農食環境学群環境共生学類水質化学研究室(中谷暢丈教授)では、河川や湖沼等の水圏環境の保全を目指し、化学的手法による水質モニタリングや底生生物などの生物学的モニタリングを主体としたフィールド観測を行っている。中谷教授は「環境の中の化学物質とこれを介した現象を調べることで、環境汚染や動物のコミュニケーション、生物間相互作用を解明し、環境の保全・改善に役立てたい」と述べる。


自然環境は急激に本来の姿を失いつつある。その現状を知ることは、環境を保全・改善するための第一歩となる。水質化学研究室では、化学的手法により水質モニタリングや生物学的モニタリングを主体としたフィールド観測を行うほか、分析化学を用いた環境モニタリング手法の新規開発などに取り組んでいる。
マガンなどの渡り鳥が多飛来するラムサール条約登録湿地として知られる美唄市の宮島沼は、集中する渡り鳥の排泄物の蓄積や農地からの汚濁物質流入、湧水量の減少など複数の要因により富栄養化が進んでいる。特に8月以降は沼の水位が下がり、植物性プランクトンが大量発生する。また、土砂の流入により沼が浅くなってきていることも水質悪化に拍車をかけている。さらには、近年の少雨傾向も汚濁物質濃度を押し上げる。
同研究室では、中谷教授が着任した2009年から宮島沼の水質モニタリングを継続して行っており、美唄市や環境省の宮島沼水鳥・湿地センターとともに水質改善への取組みを模索している。

宮島沼の渡り鳥

水質悪化を防ぐには、宮島沼への汚濁物質の少ない水の流入量を増やし、汚濁物質を流し出すことが考えられるが、沼の水位が上がることで地下水位も上がり、周辺の圃場の水はけが悪くなるという弊害が生じかねない。また、直接的な改善策としては、沼に溜まった汚濁物質を含む土砂を掘り出す浚渫が考えられるが、多額の費用が必要となる。

河川水質調査

北海道の基幹産業である農業が環境に影響を与えることは避けられない。その一例が酪農地帯における河川への窒素流出だ。同研究室では2020年、道東の自治体の依頼を受けて河川の水質調査を行った。対象河川周辺は広大な酪農地帯で、国営環境保全型かんがい排水事業が進められている。同研究室では、上流から河口まで十数カ所で河川水をサンプリングし、窒素など約20種類の化学物質の測定を行った。
家畜排泄物は堆肥舎での保管などが義務付けられているが、堆肥などを農地還元する際、利用されない成分が徐々に流出していく。植物の栄養素である窒素の存在形態は、水に溶けていない懸濁態窒素と水に溶けている溶存態窒素があり、溶存態窒素はさらに無機態窒素と有機態窒素に分かれる。また無機態窒素には硝酸態窒素、亜硝酸態窒素、アンモニア態窒素がある。
「化学物質にはいろいろな存在状態があり、環境に及ぼす影響力や移動性が異なります。溶存態窒素では、無機態窒素のアンモニア態窒素は土壌に吸着しやすいが、硝酸態窒素は吸着しにくく河川に流出しやすい。したがって河川水質調査では形態別に調べることが重要です」(中谷教授)
調査の結果から、硝酸態窒素の濃度が中流域で急激に高くなり、これ以降、河口までは横ばいだった。中流域は、国営かんがい排水事業が進行中であり、未整備の排水施設から流出していると推測された。整備済みの下流部では濃度は横ばいであり、今後、中流部の整備が進めば水質が改善していくものと予測された。

洞爺湖での調査

洞爺湖では、外来種ウチダザリガニが既存の生態系に与える影響を、水銀の生物濃縮の観点から調べている。水銀は自然界に存在し、食物連鎖の過程で生物の体内に濃縮されていく。測定の結果、厚労省の暫定的規制値から見て人間が食べても問題ないくらいの低濃度ではあるが、ウチダザリガニにおいても生物濃縮が起きていることが解った。「洞爺湖に侵入したウチダリガニを介して新たな水銀循環過程が生まれている可能性が高い。また、洞爺湖で起こっていることは他の湖沼や河川でも起きている可能性があります。今後、調査対象を広げたいと考えています」

洞爺湖のウチダザリガニ

2年前から同大野生動物生態学研究室(佐藤喜和教授)との共同研究を始めた。テーマはヒグマの背こすりの際に分泌される匂い物質によるコミュニケーション。背こすりは、従来、オスのヒグマが縄張りを主張するために匂いをつけるマーキングが目的と考えられていた。だが、それだけでなく、ヒグマ同士のコミュニケーションに匂い物質が使われているのではないか、という観点からの調査だ。匂いコミュニケーションや化学コミュニケーションと呼ばれるもので、フェロモンがよく知られている。ヒグマにおいても、メスがその匂いによってパートナーを探しているのではないか、というのだ。
これまでの調査で、オスのヒグマの背部からは50種類もの化学物質が分泌されていることがわかった。個体により成分組成が著しく異なるため、個体識別がある程度できそうだという。だが、50種類の成分のうち、どの成分や組合せがどのような役割を持つかはまだわかっていない。他のヒグマを寄せ付けない成分を発見すれば、匂いでヒグマの市街地への侵入を防ぐことができるかもしれない。
「いろいろな組み合わせの“匂いカクテル”を作り、飼育固体に嗅がせてみる、ということをやってみたいと思っています。その反応を観察することで、いろいろなことが解ってくると思います」
新年度の研究テーマとしては、引き続き農業・酪農業と水圏環境との関係性を重視し、農薬や抗生物質などの人工有機化合物を対象とした調査や、海洋プラスチック、生物間相互作用として、ある種の水草が持つ植物性プランクトンの増殖抑制効果などが浮上している。

(月刊ISM 2022年4月号掲載)