ルーメンから見る飼育管理(循環農学類 ルミノロジー研究室 泉賢一教授)

 牛の第一胃(ルーメン)の栄養生理学を意味するルミノロジー。循環農学類ルミノロジー研究室(泉賢一教授)では、ルーメン研究にとどまらず、そこで得られた知見をベースに、農場全体の牛群管理・飼育管理の改善、生産性の向上に取り組んでいる。
 牛の第一胃(ルーメン)は、驚異の消化器官だ。容量は約200ℓ。内容物の総量は100㎏以上。消化液を分泌せず、内部に細菌(バクテリア)・原虫・黴菌などの微生物がいて、牛が食べる餌を栄養にして増殖する。増えた分の微生物はタンパク質を豊富に含み、ルーメンから溢れ出て第二胃以下の胃で分解されアミノ酸となり、腸で吸収される。牛が1日に吸収するタンパク質の量は約2.5㎏と言われ、そのうち1.5㎏がルーメン微生物由来の動物性タンパク質だという。草や穀物しか食べない牛が巨大な体躯を維持し、大量の乳を出すことができるのはルーメン微生物のお陰なのだ。
 ルミノロジー研究室では、従来、おからや酒粕、こし餡を製造した後に残る小豆の皮など、食品製造の過程で生じる副産物を牛の飼料として活用する方法などを研究していた。健康な牛の第一胃には、ルーメンマットと呼ばれる硬い繊維が絡まり合った塊があり、そこが微生物の棲み処となって胃の中を整える。だが、繊維質の餌だけでは乳量が少なくなる。一方、おからなどの柔らかい餌は牛が好んで食べるものの、それだけではルーメン微生物による発酵が進みすぎ、酸が大量にできてpHが下がり、微生物が死滅してしまう。硬い牧草と、柔らかい餌のバランスが重要で、同研究室では、牛の健康を保ちつつ、他産業から得られる副産物による柔らかい餌を活用するため、牧草と柔らかい餌のバランスを調べていた。
 近年は、牧場全体の生産性を高めるために群管理や飼育環境を改善するための研究に力を入れている。
 「酪農を生業として見たとき、牛も人も健康で稼げる牧場でなければなりません。そこで今は胃の中の研究だけでなく、一歩外に飛び出して酪農システム全体に眼を向けた研究にシフトしています」(泉賢一教授)
 2021年度の研究では、安価なバイパスタンパク質の研究に取り組んだ。通常、植物性タンパク質は、ルーメン微生物が食べて動物性タンパク質に転換されるが、分解されやすいタンパク質の場合、微生物が増える前に分解されアンモニアが発生する。アンモニアはルーメンで吸収され尿として排出されるので、栄養にならない。そこで微生物が分解しにくい形に加工し、ゆっくり分解されるようにするとムダにならずに微生物が増えていく。さらに、必須アミノ酸を多く含んだ良質なタンパク質は、微生物に分解させず、ルーメンを通過して第二胃以下で消化し直接牛に吸収させたい。一部は微生物を増やすのに使い、残りは直接吸収させることによって、ルーメン経由の動物性タンパク質と、良質な植物性タンパク質を効率よく摂取できることになる。このようにルーメンを通過するタンパク質をバイパスタンパク質と呼ぶ。
  同研究室が取り組んだのは、まずジャガイモからでんぷんを搾った後の廃液だ。従来、廃液は薄めて海や川に放流するしかなかったが、アミノ酸バランスの良いタンパク質が含まれており、牛の飼料として活用し直接腸から吸収させれば乳量が増えるのではないか。そこで加熱処理してバイパスタンパク質に加工して与える実験を行った。現在、結果を解析中だ。

子牛の哺育育成に関する研究

乾乳牛のルーメンスコア測定

 

 

 

 

 

 

 

 



 次に取り組んだのは、栗から取れるタンニンを利用する方法だ。通常、バイパスタンパク質に加工するには、加熱処理が必要になる。従来のバイパスタンパク質飼料は、大豆や菜種などを加熱処理していたため、通常の飼料の1.5~2倍近い価格になってしまう。そこで、加熱処理せずにバイパスタンパク質を作る手法としてタンニン液を振りかける方法を研究した。タンニンとは茶や栗の薄皮、柿などに含まれる渋のこと。渋を含んだ液(渋液)を餌に振りかけると、タンパク質をコーティングし、ルーメンを通過させることができる。実験の結果、ルーメンを通過し胃に届いていくことが分かり、実用化に向けて道が開けてきたという。

タンニンとタンパク質の混合試験

ルーメン液を使った培養試験

 

 

 

 

 

 

 

 



 泉教授は、最近、獣医師との交流を深めている。臨床現場で活躍する若手の獣医師たちが「牛が病気にならない飼い方をしてくれたら、牛も酪農家も幸せになる」と考え、餌やルーメンについて勉強するようになり、獣医師を対象に講義を行う機会が増えているというのだ。「栄養指導ができる獣医師」を目指しているのだ。
 「私一人では全部の酪農家を回ることはできません。普段から農家を訪問している獣医師がそれぞれの現場で栄養指導を行えば、産業全体が良くなるでしょう。獣医師との協働は、産業に貢献できていると実感できる活動です」
 酪農学園大学では、今年から江別市内の小中学校での出前授業を計画している。同研究室ではこれまで、ミルク大学やチカホ・マルシェなどのイベントに協力してきた。
 「子供たちや消費者に酪農の良さ、楽しさを伝えたい」と泉教授は言う。
 泉教授は今後、「分娩時の牛の健康に関する研究に目を向ける一方、生産現場で餌やルーメンについて悩んでいる人たちと一緒に課題を解決するため、現場に軸足を置いた飼育管理の普及や研究に重点を置きたい。そういうところに学生を連れて行って、現場を知ってほしい」と語っている。