エゾシカは貴重な自然資源(環境共生学類 狩猟管理学研究室 伊吾田 宏正 准教授)

 シカなどの狩猟鳥獣は、貴重な自然資源として地域が主体となって持続的に資源管理を行う必要がある。狩猟鳥獣が増えすぎることによる農林業被害や生物多様性への影響を回避するため、適正な個体数管理が求められる。農食環境学群環境共生学類狩猟管理学研究室(伊吾田宏正准教授)では、こうした目的に資するため、エゾシカを中心に、生態・管理・捕獲・利用について幅広く研究をしている。
 「狩猟学」は、日本ではあまり馴染みのない言葉だ。中世ヨーロッパの領主(貴族)が所有する森林を管理するための「林学」の主要な要素として発達した学問分野。狩猟動物は林産物として管理の対象だったのだ。日本には明治時代、主にドイツをモデルとして導入されたが、その後、野生動物が激減したことから、狩猟学もほぼ消滅してしまった。北海道においてもエゾシカが絶滅寸前に追い込まれていたが、1990年代に急増。人間との軋轢が表面化し、適正な個体数管理が求められるようになった。狩猟管理学は、対象となる狩猟動物の生態・管理・捕獲・利用などについて研究する学問で、狩猟管理学研究室(伊吾田宏正准教授)では、エゾシカを主な対象として研究を行っている。
 酪農学園大学に隣接する野幌森林公園では、近年、野生のエゾシカが増加し、大学内の牧草地を含む周辺農地が食害を受けており、野幌森林公園周辺では、くくりわなによる有害駆除が行われている。同研究室では麻酔銃により捕獲したエゾシカにGPS装置を装着し、エゾシカの移動経路や行動範囲を調査している。
 対象となったエゾシカは、北広島・恵庭方面の森林から分布拡大してきたものと予想され、野幌森林公園の北部を主な行動圏とし、公園東側の農地にも入り込んでいる。公園西側には市街地が広がっており、いわゆるアーバンディア問題が顕在化。国道12号、国道274号、JR函館本線、JR千歳線で交通事故や列車事故が起きている。このほか、野幌森林公園の生態系・植生への影響や、道立自然公園として利用者も多いことから、人間とシカとの接触による事故やダニを媒介とするライム病やダニ媒介性脳炎など感染症のリスクも指摘されている。
 同研究室が公園内30カ所にセンサーカメラを設置したところ、今では一年を通して公園内で生活し、子供のシカも確認できたことから、越冬も繁殖も公園内で行っている可能性が高いという。また、個体数はこの10年間増加傾向にあり、3年前の推計で数十頭に上る。
 対策としてはくくりわなによる捕獲のほか、大学では昨年、敷地周辺に電気柵を設置。公園利用者には散策路から逸脱しないことや肌を露出しない服装などの注意喚起が必要となる。

野幌森林公園で撮影されたエゾシカの新生子

洞爺湖中島におけるエゾシカ捕獲調査

シカ捕獲認証に必要な下顎骨による年齢査定法を習得するためのスケッチ実習

 洞爺湖中島では、1960年ころ観光を目的にエゾシカが持ち込まれ、その後急増して植生が多大な影響を受けた。酪農学園大学は洞爺湖町と連携協定を締結しエゾシカ対策に協力しており、同研究室では、毎年調査を実施している。
 中島の面積は5㎢ほど。そこにピーク時には400頭以上のエゾシカがいて、超過密状態となっていた。地元自治体などが散発的な間引きを行っていたが、一時的に個体数が減少してもすぐに回復する、ということを繰り返していた。
 2012年に同研究室を含む研究チームによる環境省のプロジェクトがスタートし、2年間で50頭強まで減らすことに成功。その後も毎年捕獲して100頭以下に維持し、現在は50頭前後になっているという。
 昨年、管理方針が変更され、従来の「個体数の減少・維持」から、「根絶」を目指すこととなった。環境省事業でも捕獲を強化。同研究室では、捕獲したエゾシカの胃の内容物から食性を調べたほか、自然植生の変化が他の動物にも影響している可能性を調べるため、昆虫相の調査を行った。食性については、頭数減少にともない自然植生が若干回復の兆しを見せており、シカの食性もこれを反映していた。昆虫相については、頭数が多かった10年前に他大学が行った調査結果と比較。頭数が減少した現在は、若干ではあるが多様性が増していたという。
 また、同研究室では、日高山脈アポイ岳の高山植物へのエゾシカの影響を調べるため、登山道沿いにセンサーカメラを設置し、エゾシカの出現頻度を調査。大学が協定を結んでいる西興部村では、特別なエゾシカ管理として同村内に猟区を設定し、ガイド付き狩猟や狩猟に関する研修会などを実施している。
 もう一つ、同研究室が力を入れているのがハンターの育成だ。同大学の野生動物学コースのカリキュラムは、一般社団法人エゾシカ協会が運営するシカ捕獲認証制度と連携し、対象科目を履修することで受験資格が得られる。これはシカの捕獲や管理の安全・法律・食肉衛生・アニマルウェルフェアに関するスキルを認証する資格。イギリスの同様の制度をモデルとしたもので、伊吾田准教授らが現地で受講するなど海外事例を研究し、日本に応用、導入した。ヨーロッパ型の狩猟管理を導入するための人材育成制度だ。
 知識を認証するレベル1(DCC1)と技術を認証するレベル2(DCC2)がある。
 DCC1はシカ捕獲に必要な知識と基本的な技能に関する計42時間の講習と、習熟度や適正を審査する検定試験により認証される。DCC2はDCC1取得者が、安全・衛生的・人道的にシカを捕獲し、解体できるかを実際に現場で審査する。伊吾田准教授は認証委員会委員を務める。DCC1認証は、座学が酪農学園大学、実習・検定は西興部村で行われ、申込期限は第1回が5月28日、第2回が6月21日となっている。詳細はエゾシカ協会HP〈http://yezodeer.org/index.html〉で確認のこと。
 伊吾田准教授は、「狩猟管理の考えを日本に定着させるには、人材育成とともに、食肉利用の道を整える必要があります。今は補助金により捕獲を奨励していますが、食肉利用による利益が捕獲のモチベーションにならなければ、いつまでも補助金を投入しなければなりません。人材育成と食肉利用の2つが今後の課題です」と語っている