珪藻を指標に古地震研究(環境共生学類 自然再生学研究室 千葉崇 講師)

 自然再生学研究室(千葉崇講師)では、沿岸域に適応放散している微細藻類の一つである珪藻を環境指標とし、地質記録等から過去の環境変化を読み取り、古地震等の現象を明らかにする研究を行っている。珪藻の化石化過程を踏まえて地質試料に適用し、過去の地震や津波などのイベントを認定して履歴や現象の解明につなげる。また、こうした研究を通じて、防災・減災に役立つような具体的情報を発信できる人材の育成を行う。

 珪藻とは、微細な単細胞の藻類で、細胞が珪酸質(ガラス質、SiO2・2H2O)の殻(被殻)に覆われている。殻の形態はさまざま。珪酸質の被殻を持つため微化石として保存されやすい。珪藻の被殻などの化石が大半を占める堆積物を珪藻土と呼び、建材や生活用品などに用いられている。
 珪藻の種類は、現生種・化石種合わせて約2万種と言われているが、分類・命名されていない種類も含めると10万種を超えるという見解もある。
 千葉講師は、「珪藻は海水・汽水・淡水域に広く分布し、それぞれの環境に適応した種が生育していること、珪酸質よりなる殻が微化石として保存されやすいことから、環境指標として適しています。地層を掘り、地層に含まれる珪藻の種類を調べると、海水準や地震による地殻変動、津波の痕跡などがわかります」と説明する。
 現在取り組んでいる主な研究テーマは、①現生珪藻の生態についての研究、②化石のタフォノミックプロセスとバイオミネラリゼーション、③沿岸域の短期的な地形変化と生物相の変化の関係、④日本沿岸における古地震・古津波の履歴や地殻変動の解明、⑤内陸湖沼における微生物移入種の移入経路やその環境への影響の見積もり、⑥新種珪藻の記載の6つ。

 北海道東部沿岸域では、プレート境界である千島海溝起源の巨大地震や津波が繰り返し襲来していたことが地質記録から判明している。しかし、近年の年代測定法や珪藻分析の高精度化、調査地域の厳選により、必ずしも過去と同様の領域が動いていない可能性が明らかになりつつある。
 千葉講師は、「北海道において千島海溝起源の地震・津波の詳細を明らかにすることを目的として地質調査に取り組みたい」と語る。
 さらに13世紀以前に起こった巨大地震と考えられているものについても、地質調査から地殻変動を定量的・準定量的に復元し、各地震の発生領域やタイミングなどを明らかにしていきたいという。地震に伴う津波痕跡である、津波堆積物の認定方法の確立や新手法の開発にも取り組む。そのため、北海道では根室から襟裳まで20か所近くで地質サンプルを収集。地層から珪藻化石を探し、種類を同定する作業を続けている。
 「珪藻種の変化を見ると、津波堆積物の堆積前後で海水環境から徐々に淡水環境になり、津波が来てまた海水環境に戻るということを繰り返しています。つまり巨大地震の前に沈降が起き、地震の後に少しずつ隆起していって、再び沈降に転じた後、巨大地震が起こり津波が来る。例えば17世紀に大きな地震及び津波が起こり、根室沖と十勝沖の両方の領域が動いたとされています。次に千島海溝沿いで起きる地震も同様だとすると、根室沖と十勝沖は地震前に沈降し、地震後に隆起するはずです。現状は、根室沖は沈降していますが、潮位記録を見ると十勝沖はまだ隆起しているので、連動する可能性が低いのではないか、と考えています」
 阿寒湖では移入種と思われる珪藻の特定を試みている。淡水湖である阿寒湖で、本来海水域に生息する珪藻を発見したのだ。阿寒湖では、人の手で食用にワカサギなどの導入が行われており、その種苗は網走湖を起源とする。移入の際、汽水湖である網走湖の水や砂泥と一緒に入って来た珪藻ではないかと推測される。
 「珪藻に関しては、移入種・外来種について法律で定められていません。具体的にどのような影響があるかもわからない。ただ、水質が悪化したり水深が浅くなったというような環境の変化で急激に増えるタイプの珪藻がいます。そうなったらもともと阿寒湖にいた珪藻の生息域が奪われる可能性があるし、湖沼環境への影響が大きくなる可能性がある、という警告は出せます」

 タフォノミックプロセスとは、生物が死後土に埋まり、化石化する過程を指す。珪藻の場合、死後その被殻が地層中に残り、珪素などに戻っていく。逆に珪藻が細胞分裂をするとき、周囲から珪素などを集めて自らの殻を作る。これをバイオミネラリゼーション(生鉱物化作用)という。タフォノミックプロセスとバイオミネラリゼーションを研究することで、地中における珪素循環のプロセスを解明すれば、珪素が不足している農地に珪藻土を投入することで土壌改良に役立てることができ
る可能性につながる。
 例えば、イネ科の植物は珪素を吸収し葉にプラントオパールと呼ばれる微細のガラス片を作る。その分、土壌からは珪素が失われる。
 「珪藻土には含まれる珪藻の量や種組成によって様々なタイプがあり、土壌改良を行う際、どのような珪藻土が効果的かを知るには、珪藻殻のタフォノミックプロセスとバイオミネラリゼーションの仕組みを解明することも重要です」
 同研究室の対象フィールドは日本全国の沿岸域。千葉講師自身は、インドネシア、中国、国後島など海外での調査も経験しており、これまでに収集した地層サンプルは1万に及ぶ。また、今年9月には厚真町立上厚真小学校のふるさと教育(津波防災学習)で過去の津波堆積物調査と防災に関する講師を担当。釧路市教育委員会、阿寒湖畔エコミュージアムセンターの職員と協力して、阿寒湖の古環境の変遷を研究している。