研究成果で動物福祉向上(獣医保健看護学類 動物生命科学ユニット 林英明教授 宮庄拓准教授)

 獣医学群獣医保健看護学類動物生命科学ユニットは、2021年4月に設立。獣医生理学の林英明教授と獣医生化学の宮庄拓准教授がそれぞれの視点から動物の生体反応を客観的に評価する基礎的な研究を基盤に、現場への応用を目指して研究を重ねている。

 林英明教授は2020年度まで獣医学類獣医生理学ユニットに所属し、血中ホルモンのうちストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールを指標として、飼育下にある動物の生理学的ストレス評価の手法を研究していた。動物にストレスがかかると血中のコルチゾールの値が上昇することから、コルチゾール値を測定することで対象動物のストレスを評価するという手法だ。
 「ところが、コルチゾールが減っているからストレスも減っているか、というと、そうではない場合もあります。ストレスというネガティブな評価だけでなく、幸福感や満足感といったポジティブな評価も併せて行うことでトータルな評価になる。その評価手法を現場に還元することによりアニマルウエルフェア(動物福祉)を向上させることにつながると思います」(林教授)
 幸福感・満足感の評価指標の候補となるのがオキシトシンと呼ばれるホルモンだ。別名“幸せホルモン”とも呼ばれるオキシトシンは、特に親子間の絆の形成に関わるホルモン。子どもの親に向けた行動を見て親のオキシトシンが上がり、子どもに向けた行動が増える、というポジティブループが絆を強める。
 ヒトの腸内細菌叢のバランスを整え、免疫系・代謝系の活性化に効果があると言われる乳酸菌生剤(生菌剤)が注目されているが、動物にも同様の効果が見込まれる。林教授は、牛に乳酸菌製剤を長期間投与したところ、血中のコルチゾールが下がり、同じタイミングでオキシトシンが上がっていた。生理学的な指標ではストレスが軽減されていると判断できるが、これに加えて行動学的な評価も行った。牛の場合、リラックスしているときの行動として、反芻時間の増加などが知られている。そこで反芻時間を調べたところ、コルチゾールとオキシトシンが変化したタイミングで反芻時間の延長が起こっていることがわかった。これにより乳酸菌生剤の長期間投与は、ストレス軽減と満足感増大、リラックスの効果があるというデータが得られた。
 宮庄准教授は、トクホに含まれるカテキンやメラトニンなどの成分をラットに与え、その生体反応を調べるという実験を重ねている。タモギタケ、クマザサなどの効果を調べてきたが、現在取り組んでいるのは、アカエゾマツの精油だ。
 一般社団法人パイングレース(江別市、横田博代表理事)と連携してアカエゾマツの効果を調べたところ、驚くほど高い抗菌・抗真菌・抗ウイルス作用があることがわかった。また、アカエゾマツ精油は多くの香気成分を含むことから、成雄ラットにアカエゾマツの匂いを2週間嗅がせたところ、抗酸化力値が高くなることがわかった。抗酸化力値とは、酸化ストレスに対する身体の抵抗力、すなわちアンチエイジングの効果を示す。
 「これまでいろいろな成分の抗酸化力値を調べてきましたが、対照群と数値が重ならないほどはっきりしたデータを得たのはアカエゾマツが初めてです。抗酸化力値を上げる成分もわかってきました。アカエゾマツは植林後30~50年が経過し、伐採期に入っていますが、利用価値・利用方法が模索されています。将来的にはアカエゾマツを畜産に応用したい。敷料としてアカエゾマツのウッドチップを使えば、抗菌作用があり、リラックス効果もある。抗菌薬を撒く必要がなくなったり、動物も作業員もストレスを軽減できるのではないかと思っています」(宮庄准教授)
 次に取り組んでいるのが妊娠しているメスにアカエゾマツの匂いを嗅がせる実験だ。生産動物の産褥性の病気には、酸化ストレスが大きく関与していることが分かっており、通常、出産前後に上がり、その後低下していく。ところが、アカエゾマツを嗅がせた妊娠ラットは授乳中の抗酸化力値が高いことがわかった。


 「抗菌作用・リラックス効果・出産ストレス低減効果を解明し、北海道の木であるアカエゾマツを使って林業と畜産業のウイン・ウインの関係が構築できると期待しています」(宮庄准教授)
 もう一つ、宮庄准教授がライフワークとして取り組んでいるのがヒトのモデル動物として豚を使った敗血症の研究だ。敗血症は身体の中に入った菌により免疫系が暴走し、制御が利かなくなった状態。
世界で3秒に1人が敗血症で死亡しており、世界中の研究者が数十年かかっても未だに治療法を見つけられずにいる。その理由の一つは、モデル動物が確立されていなかったこと。宮庄准教授は、豚を使ってヒトの敗血症に近い状態を作り出し、さまざまな実験ができるようになった。

 一方、林教授は、これまでの生産動物を対象とした研究を伴侶動物や動物園の展示動物にも応用し、動物福祉や環境エンリッチメントの向上に役立てようとしている。
 「獣医学群では現在、道と連携してシェルター施設の運営に携わっています。犬や猫の保護動物が適正な環境で飼育されているかどうかは常にチェックされなければなりません。私がやっている評価技術が保護動物の福祉状態を整える上で役に立つ。看護と動物福祉の関係において、すべての動物を評価して環境を向上させることができると思っています」(林教授)


 現在、同ユニットのゼミ生は3年生20人、4年生14人の計34人。この春卒業する4年生が同ユニットの1期生となる。卒業後はおおよそ半分が動物看護師として伴侶動物の動物病院に就職し、ペット保険会社や製薬会社など動物関連の企業、動物園・水族館などに就職する学生もいる。生産動物については看護師の職種が確立しておらず、家畜人工授精士の資格を取得してJAやノーサイなどに就職している。