統計学で分かる農村経済(循環農学類 統計学研究室 毛利 泰大 講師)

 農食環境学群循環農学類統計学研究室(毛利泰大講師)では、国内外の農業・農村・経済における社会現象を、統計学を応用して実証分析を行っている。毛利講師は「統計学を使うと、研究の結果や主張を客観的に判断できます。統計学的な考え方で社会を観察する能力を習得することが重要です」と語る。現在は、「用水」「通い作」をキーワードに農地の交換分合の状況や特徴ある集落を検出している。

 統計学はあらゆる分野の学問のベースとなる方法論だ。理系・文系を問わず、実験や観察、日常の出来事からの論考などは、そのままでは一般化できない。その事例が偶然や特殊な条件下での出来事かもしれないからだ。データを用いてそれを分析し、統計学による検定をパスすることで、初めて統計学的エビデンスとして客観性を獲得できる。
 毛利泰大講師は、「統計学的な考え方で社会を観察する能力を習得することが重要です。統計学的エビデンスとはどういうものかを知ることは一般教養としても役に立ちます」と語る。
 農村調査はこれまで事例研究が多かったが、近年はさまざまなデータが利用可能となり、統計学を使った研究ができる環境が整ってきた。
 同研究室では、農水省が提供している「eMAFF農地ナビ‐農地詳細情報」や土地改良区の「美土里情報システム」などのGISデータを用いている。eMAFF農地ナビでは、耕作地の地番ごとに地目・面積・地域区分・耕作者整理番号などが表示される。これと土地改良区のデータを結びつけて分析することによって、個々の圃場を包括的に見ることができる。
 現在分析しているのは、いわゆる「通い作」だ。ある地区の圃場を別の地区の人が耕作すること。離農農家の圃場の引き受け手が同じ地区に見つからず、周辺地区の農家が引き受けることなどによって「通い作」が生じる。用水利用の観点から見ると、ある農家が複数地区の圃場で耕作を行う場合、それぞれの地区で水利組合に加入しなければならない。また、通い作は圃場分散問題でもあり、農作業の効率が悪くなる。北海道では、交換分合や土地改良後の換地などにより府県より団地化が進んでいると言われるが、地域によって分散化の度合いに違いがあり、通い作のデータを分析することによってそれを客観的に知ることができる。
 「今後、土地条件などの情報が蓄積されていくと、同じ条件、同じ広さの土地を交換した方がいい、というケースを検出することもできるようになるかもしれません」(毛利講師)
 同じ通い作のデータから集落ごとの特徴を検出することもできる。例えば厚真町のある集落では、通い作がまったく行われていない。離農する農家があっても、同じ地区内で後継者を見つけることができている可能性がある。調べてみると、その地区は厚真町内で最も早く開拓団が入植し、自分たちで水田を開き、ため池を作り、用水を管理して稲作を行ってきた集落だという。土壌が良く、美味しい米ができ、収量も多い。そうした歴史から、集落の結束が固く、「自分たちの土地は自分たちで守っていく」という意識が強いことがわかった。


 一方、その隣接地区は、戦後の国営パイロット事業により土地改良を行った地区で、近隣地区からの通い作が非常に多いという。水利組合の運営の仕方にも違いがあり、古い地区では昔からのやり方をみんなが理解していて、明文化したルールはないが、新しい地区では、水利用の規約が詳細に決められ、厳格なルールに基づいて運営されている。
 厚真町だけでなく、空知地方にも団体入植の古い歴史を持つ地区があり、通い作はほとんど行われていない。ところが、古い歴史を持つ地区でも通い作が盛んになところがある。いったい何が違うのか。「それを理解するためには郷土史や部落史を紐解かなければなりません。そうしなければ統計分析の結果を解釈できないからです。集落の特徴がそれぞれ異なるように、そこにある課題も異なる。『空知の稲作地帯の問題はこれだ』と言えるような簡単な話ではないということです」


 農村調査は事例研究からデータ研究へと移行してきたが、データ分析だけでは不十分。データに基づいて集落の特徴を検出し、現地調査や歴史文献により検証する。事例研究とデータ分析の双方からのアプローチが必要だという。
 「これまでコロナ禍でやりにくかった現地調査・聞き取り調査を行いたいと思っています。現地調査により、データの取り方の改善点が見つかるかもしれません」
 今後はこうした現地調査のほか、衛星画像を使った耕作地分析や、アフリカの稲作に関する研究を行う予定だ。