人と野生鳥獣の軋轢軽減(環境共生学類 野生鳥獣管理学研究室 伊藤哲治 講師)

 農食環境学群環境共生学類野生鳥獣管理学研究室(伊藤哲治講師)では、ヒグマ・ツキノワグマ・シカ・カモシカ・アライグマなど大・中型哺乳類を対象に、野外での調査・活動を通じて鳥獣管理のための知見を得ることを研究テーマとし、野生動物の情報・試料から情報を得、鳥獣管理の方向性を探る。また、被害対策や普及啓発を通じて人と野生動物の軋轢問題の改善を試みている。

 自然の中で生きる大小の野生鳥獣が人と接触すると、人身事故や人獣共通感染症に感染する恐れが生じる。圃場に侵入して農作物を食う農業被害は日本全国で発生している。こうした野生鳥獣と人と
の軋轢を軽減するには、動物の行動やその理由を調べ、知る必要がある。人間の感情も含め、どう折り合いをつけるかを探究するのが鳥獣管理学の目的だ。森との境界線に人の活動が少なくなり、野生動物に対する圧が昔に比べ各段に弱まっている。その結果、圃場に出没する野生動物が増える。農作物は栄養価が高く、動物の繁殖力が高まり、生息数が増え、分布が広がる。伊藤哲治講師は、「圧が弱くなった今、野生動物がどういう行動をとるかを研究し、見える化することが当研究室のテーマの一つです」と語る。
 同研究室では、占冠村をフィールドとしてヒグマの行動を調査している。通常は、痕跡調査、センサーカメラによる撮影、ヘアトラップによる体毛採取と遺伝分析などを行うが、占冠村では、これらに加えて、圃場近くに箱わなを設置。捕獲したヒグマについて、体重測定、抜歯、採血、体毛採取
を行った上でイヤタグとGPS首輪型発信機を取り付けて放獣し、その行動を1時間ごとに記録している。抜歯により年齢が判るほか、体毛・採血によりDNAを調べ、個体識別や血縁関係を調べることができる。

箱わなに近づくヒグマ

 圃場で捕獲したクマにGPSを装着し放獣する調査手法は、占冠村だけで行われている初めての試み。圃場付近に出没するヒグマは、農業被害や人身事故に至る可能性があり、農家や住民には放獣せず駆除してほしいという感情がある。一方、ヒグマの行動を詳しく知ることは、対応策を考える契機になり得る。占冠村野生鳥獣専門員の浦田剛さんが農家や住民との間に立ち、調整役となってこの調査が実現した。調査により得られたデータは、占冠村ヒグマミーティングなどで住民に伝えている。

GPSを装着

 「圃場で捕獲したヒグマを放獣するのは理解が得られにくく、これまで北海道では不可能でした。しかし、地域の野生動物問題に現場で対策する野生鳥獣専門員の浦田さんの存在が実現のキーマンでした。昨年までの4頭のヒグマにGPSを付けました。調査の結果を見える化し、住民に伝えることで次第に住民の理解も得られるようになってきていると実感しています」
 GPS調査によってヒグマの様々な生態も少しずつわかってきた。

GPSでヒグマを追跡

 「個体によって行動パターンがずい分違うことがわかりました。基本的には森の中で過ごしていますが、個体によっては人里近くをうろついていたり、別の個体はずっと森から出てこない。あるいは森に食べ物が少ない時期には、食べ物があるところにずっとい続けたりしています」
 ヒグマが長く滞在したり頻繁に出没する箇所を調べると、ドングリやクルミ、ハイマツの実が豊富、アリの巣がたくさんある、獲物を隠す土まんじゅうがあるなど食べ物があるところに執着していることがわかった。またある個体は幼稚園のすぐ裏まで来ていることが判明。草刈りや電気柵の設置などの対策が検討されている。
 「ヒグマの行動にはちゃんと理由がある。それがわかれば対策も立てやすいし、住民のヒグマに対するイメージも変わってくるでしょう。今後もGPSを装着する機会を増やしていきたいです」
 占冠村では、野生鳥獣専門員がいることで研究者との協力体制を築くことができた。野生鳥獣の対策や管理がスムーズに運び、人と野生鳥獣との軋轢が軽減されれば、一つのモデル地域となり得る。
 近年、農業被害が増加しているアライグマについては、占冠村や同大学に隣接する野幌森林公園で、捕獲やセンサーカメラによる撮影などで生息状況を調査しているほか、捕獲方法や捕獲の効果、農家や住民への普及啓発などを研究している。

アライグマを捕獲

 「占冠村では今までいなかったところでセンサーカメラに写るようになってきており、分布が拡大する傾向にあります。野幌森林公園では、圃場に依存している個体は捕獲しやすいのですが、森林の中でひっそりと暮らしている個体や、わなを警戒する個体もいて、捕獲方法の改善も研究対象です。ただ、研究室が仕掛けるわなだけでは全然足りませんので、農家や住民の協力が必要です。現在は、アライグマだけを捕獲するわなが開発されているほか、捕獲後の処理も簡素化されており、捕獲に取り組むハードルは低くなっています。農家が捕獲に取り組むことで農業被害が減り、収量が増えることが期待できますから、そのことを研究で明らかにし、知っていただきたいと思っています」
 今年、同研究室の卒業生が野生動物の調査会社に就職した。大学で野生鳥獣の研究に携わり、卒業後、その知見を活かせる職場はまだまだ少ないが、徐々にではあるが増えてきている。
 「会計年度任用など雇用条件の問題もありますが、思い切ってチャレンジしてほしい。学生には、『3年~5年間で実績を残せば声がかかる可能性が大きい。大学で学んだことを活かして野生動物の現場に飛び込んでほしい』と話しています」と伊藤講師は語っている。