味に関わる構造を解明(食と健康学類 食品物理学研究室 川端庸平准教授)

 農食環境学群食と健康学類食品物理学研究室(川端庸平准教授)では、食品の構造や物性を物理学的手法を用いて調べ、味や食感などとの関係の解明を目指している。研究対象は、チーズ、生チョコレート、ホイップクリーム、メレンゲなど。「味や食感には、食品に含まれる成分だけでなく、その構造や分布、混ざり具合が大きく関わっています。そのメカニズムを解明するには物理学的手法が必要になります」と川端准教授は語る。

 ガストロノミーは美食学と訳される学問分野で、ヨーロッパの料理人と物理学者らがレシピの工程を科学的に分析しようと始まった。食品物理学研究室では、分子ガストロノミーを志向し、食品の美味しさ、食感などと食品成分の混ざり方や分子の並び方との関係の解明を目指している。
 研究テーマの一つの柱がチーズだ。生乳には脂肪球とタンパク質カゼインが含まれている。生乳に凝乳酵素レンネットを加えるとカゼインが凝集し豆腐状になる。余分な水分(ホエー)を抜き、脂肪分とカゼインの塊を押し固めたものがチーズカードで、これを熟成させてチーズができる。
 川端准教授は「チーズの美味しさが何で決まるのかを知りたい」という。熟成によりタンパク質が分解しアミノ酸に変わることで旨味が増すことはよく知られている。だが、熟成の仕方や期間により味が異なるのはなぜか。この間にカゼインがどう変化するのか。化学成分としては分かってい
るが、カゼインの凝集構造やアミノ酸の分布は未解明だ。
 「実はカゼインの凝集のメカニズムはまだ解明されていません。これが分かるとこれまで経験と勘に頼って行ってきた凝乳を科学的に行えるようになります。今年は姫路にあるSPring8という最高峰の放射光を使ってカゼイン凝集の初期段階を撮影する予定。成功すれば世界初です」
 川端准教授が2021年に赴任して最初の研究テーマがチョコレートだ。チョコレートに含まれる油脂成分ココアバターは30℃前後で結晶化する。ココアバターの結晶はⅠ~Ⅵ型の6種類あり、口どけ
のよい美味しいチョコレートはⅤ型。パティシエはテンパリング(温度調整)により結晶型をコントロールし、Ⅴ型結晶を作る。温めたチョコレートを一旦27℃に下げ、加温して31℃に上げてから再び冷や
すとⅤ型ができやすい。
 同研究室が現在取り組んでいるのが生チョコレート。ココアバターが主成分のチョコレートに、牛乳や生クリーム、リキュールなどを混ぜて作る。油脂成分のココアバターと牛乳などの水分は本来混ざりにくいが、これをどう混ぜれば滑らかな生チョコレートになるか。配合や混ぜ方、硬さについての指標はない。
 徐々に水分量を増やしたところ、ココアバターの量が多いとチョコレートのように固く、ある濃度になると急に柔らかくなる。滑らかな生チョコレートになるのはココアバター3対水分7の割合だった。そのときのココアバターの分布状況を顕微ラマンという分析装置で観察した。


 「チョコレートの中の構造を観るのは難しく、光学顕微鏡では何も見えません。顕微ラマンは試料にレーザー光を照射し、その散乱光を検出・分析することで物質の微小な分布を調べることができま
す。生チョコレートの場合、水の中に油脂成分が浮いている状態であることを初めて画像として示すことができました」
 顕微ラマンではココアバターの結晶型をある程度判別することができるという。今のところ生チョコレートはⅣ型ではないかと考えられており、油成分が水中に浮いている状態で結晶成長が抑えられ、滑らかな食感になっているのではないかと推察している。

 ホイップクリームは生クリームをミキサーにかけて作る。気泡を取り囲んでいるのは脂肪球だ。牛乳の中の脂肪球は水の中に浮かんでいるが、一つ一つの脂肪球は水との親和性を保つため保護膜に覆われている。牛乳を激しく揺するとバターが出来るのは、この保護膜が壊れ、脂肪球が凝集するからと言われる。ホイップクリームも同様で、生クリームを泡立てると保護膜が破れ、脂肪球が凝集して
泡構造を支える。ただ、保護膜を実際に確かめた事例はなく、脂肪球の構造も未解明だ。
 「保護膜や脂肪球の構造を解明できれば、牛乳の輸送や新しい乳製品の開発に活かせると思います」
 同研究室のもう一つのテーマはメレンゲ。卵白に砂糖を加え泡立てたものがメレンゲで、卵白に含まれるタンパク質アルブミンが気泡を取り囲み泡構造を保持している。メレンゲ作成方法にはフレンチ、スイス、イタリアンの3種類あり、フレンチメレンゲは氷水にボウルを浮かべ、その中に卵白と砂糖を入れてホイップする。スイスメレンゲは氷水の代わりに70~80℃のお湯で加熱しながらホイプするもので、硬いメレンゲができる。イタリアンメレンゲは砂糖シロップを110℃に加熱して卵白に加えて泡立てる。同研究室の調査でスイス、イタリアンはフレンチより6倍ほど硬いメレンゲになることがわかった。スイスメレンゲ、イタリアンメレンゲのように加熱して泡立てると固くなるのはなぜか。凝集したタンパク質が変性することが一つの原因ではないかと言われており、低温の場合と高温の場合でタンパク質の凝集の仕方が異なると予想されているが、そのメカニズムは解明されていない。今年度から東海村にあるJ-parcという施設で直接タンパク質の凝集構造を観察し、そのメカニズム解明に取り組む。
 このほか同研究室では、カスタードクリームや食品の食感の解明や、嚥下の科学(ドライボロジー)などに取り組んでいる。さらに川端准教授は、「今後は茶、コーヒー、ココア、ワイン、日本酒などの飲み物を研究対象として成分の分布の仕方や熟成のメカニズム解明に取り組みたいと思っています」と話している。